「それではごゆっくり、おくつろぎください」
案内の人がそう言って出てったのを見た僕は、さっきから思ってた事をお爺さん司祭様に聞いてみる事にしたんだ。
「ねぇ、司祭様。お宿の入口にいた人、僕を他の誰かと間違えちゃったのかなぁ?」
「何故そう思ったのかな?」
「あのね、カウンターにいた人やこのお部屋に案内してくれた人は、お父さんたちと一緒に来た時とおんなじように話してたんだ。でも、宿の入口にいた人だけ、僕の事坊ちゃんって呼んでたもん」
カウンターにいた人はね、僕を見てニッコリ笑うと、いつもありがとうねって言ってたんだ。
それにさっきお部屋に案内してくれた人も、お父さんたちと来た時とおんなじ感じだったんだよね。
でも、入口にいた人だけはいつもとちょっと違ったでしょ?
だから僕、すっごい馬車に乗ってきたから、違う人と間違っちゃったんじゃないかなぁって思ったんだ。
「なるほど。ちゃんと他の者の反応も見ておったのだな」
お爺さん司祭様はね、そう言ってうんうんって頷いた後、
「君の言う通り、入口にいた者だけが違う対応をして居った。だがな、ルディーン君。それには理由があるのだよ」
何で入り口にいた人だけがいつもと違う感じだったのかを、僕に教えてくれたんだ。
「あれはな、わしらを出迎えると同時に、周りにいる者たちに対して、この宿はこのような対応をしていますよと見せておったのだろうな」
「周りにいる人たちに?」
「うむ。今回、わしらはヴァルトの家の馬車に乗って、ここを訪れたであろう? あのような馬車は一定以上の家格がある者でなければ維持できぬから、周りにいる者たちは乗っているわしらもそれ相応の家の者だと考えるのだ」
お爺さん司祭様はね、偉い人が来ても、このお宿はちゃんとお出迎えで来ますよって周りに見えるようにやってたんだよって言うんだ。
「そっか。ちゃんとできるよって見せとかないと、偉い人がこのお宿を使ってくれないもんね」
僕はね、お爺さん司祭様のお話を聞いてこう思ったんだよ?
でもお爺さん司祭様は笑いながら、ちょっと違うんだよって言うんだ。
「本来ならその様な事をせずとも、この宿の格ならば貴族とて安心して止まる事ができるのだ」
「そうなの? じゃあさ、なんであんなことしてるの?」
「それはな、ごく一部の困った輩がおるからなのだよ」
お貴族様やお金持ちに中には、自分たちを普通の人たちより大事にしてくれないと怒る人がいるんだって。
だから門の外にいる人は、あんなことをしなきゃダメなんだよってお爺さん司祭様は教えてくれたんだ。
「貴族や金持ちたちは普通、相手がよほど失礼な事をせぬ限り起こる事は無い。なぜなら、周りが自然と自分たちを敬ってくれるからのぉ」
「じゃあさ、何で特別にしてくれないと怒る人がいるの?」
「それはな、自分に自信のない者たちだからなのだよ」
昔っからのお金持ちや貴族様の中でもほんとに偉い人は、周りの人たちがちゃんと偉い人だって思ってくれてる事を知ってるからあんまり怒んないんだって。
でもね、ちょっとの間ですっごく稼いでお金持ちになった人や、貴族様の中でも下の方の騎士爵様や準男爵様の中には、周りが自分の事を馬鹿にしてるんじゃないかって思ってる人もいるんだよってお爺さん司祭様は言うんだ。
「その中でも領地を持たぬ下級貴族は、常に頭を下げて回る側になってしまうでのぉ。自信を持てという方が難しいのかもしれぬ」
「僕、お貴族様ってだけでみんなすっごく偉い人なんだろうなぁって思ってたけど、そうじゃないんだね」
「うむ。平民からすれば確かに偉いが、貴族の中では一番下だからな。領地持ちの貴族ならば頭を下げてくれる領民がいるが、そうでない者たちは平民にさえ頭を下げてもらえる機会がほとんどないのが実情なのだ」
そういう貴族様でも、お宿に泊まった時はいらっしゃいませって頭を下げてもらえるでしょ?
でも、それが僕たちみたいな近くの村から来た人たちとおんなじような相手をされると、自分は偉いのになんで? ってなっちゃうんだって。
「要は自分たちは偉いのだから平民よりも良い扱いをしろという事なのであろう」
「そっか。あっ、でも司祭様。普通のお貴族様はお金持ちは怒んないんでしょ? だったら、そう言うお貴族様が来た時だけやればいいんじゃないの?」
「それがな、そうはいかぬから困るのだよ」
お爺さん司祭様が言うにはね、そういう困った人たちは自分じゃなくっても偉い人が普通の人たちとおんなじ対応をされてたって聞くと怒っちゃうんだって。
だから普段からやらないとダメなんだよって教えてくれたんだ。
「宿に泊まる者たちは、大体が同じような時間に訪れるであろう? そこでもし、上等な馬車で訪れた者とそうでないものを同等に扱っておるのを見かけようものなら、そのような輩は自分がされたわけでなくとも怒り出すのだ」
「わぁ。それは困っちゃうね」
「うむ。それにな、下級貴族の中には迷惑な事に、宿の者だけでなく宿泊客にまで絡む不届き者も極少数ではあるがおるのだ」
『若葉の風亭』みたいに貴族様やお金持ちが止まるような宿のお客さんって、普通はそんなにすごいお金持ちじゃなくってもちゃんとした格好をしてる人が多いんだよね。
だから普通はそんな人でも、お客さんにまでは怒ったりしないんだって。
でも高ランクの冒険者さんだったり、うちの村みたいなとこから来た人たちだといつもの格好で来ちゃうでしょ?
今の僕も村できてるのとおんなじようなの、着てるしね。
そう言う人がすっごい馬車に乗ってる人とおんなじようにしてもらってたら、そう言う貴族様はお客さんまで怒るんだってさ。
「その上たちが悪い事に、そのような輩はただ馬車で通りかかっただけでも、わざわざ馬車を下りてまでして怒り出すのだから本当に困ったものだ」
「わざわざ降りてくるの?」
「ああ、そうだ。自分の事ではないのだから、ほおっておけばよいものを」
そう言って首を振るお爺さん司祭様。
でもそんな人たちから大事なお客さんが酷い事されないようにって、宿屋の人たちは気を付けれくれてるんだよってお爺さん司祭様は笑ったんだ。
「それとな、ルディーン君」
「なぁに、司祭様」
「門の所にいた者の名誉のために伝えておくが、彼はほぼ間違いなく君の事を知っておるぞ」
「そうなの?」
「うむ。彼らは門番も兼ねておるからな」
門のとこにいる人たちって、宿屋さんの中に迷惑な人が入ってこないかどうかを見張るお仕事もしてるんだって。
だから前に迷惑な事をした人は絶対に忘れないし、それ以外でも特徴的な人は全部覚えるようにしてるそうなんだよ。
「君たち家族は、前に冒険者ギルドの依頼でこの宿に長期間とまった事があるだろう?」
「うん。ポイズンフロッグをやっつけてって言われたんだよ」
「そのように冒険者ギルドから予約が入る事など、めったに無い事だから、君たち家族の顔はこの宿で働く多くの者が覚えておるだろうし、人の顔を覚えるプロである門番やカウンター業務をしているものたちが知らぬなどと言う事はあり得ぬからのぉ」
門のとこにいた人はね、ちゃんと僕だって知ってて、それでもすっごい馬車に乗っけてもらって来たから特別扱いしてくれたんだってさ。
「だからな、ルディーン君。彼が君の事を他の誰かと間違える事など、けしてないのだ」
お爺さん司祭様はね、珍しくニカッていう笑い方をして僕の頭をなでてくれたんだ。
う〜ん、ちょっと触れるだけのつもりだったのに、門の所にいた従業員の話だけで1話終わってしまった。
ほんとはお姉さんズと合流するところまで書くつもりだったのになぁ。